お題「聞きたいことを聞いて、まず心のモヤモヤをすっきりさせる」
出席者:小霜、米村、ポニョ、ホルモン、ラブホ、おかみさん、皮、偽善者、スペイン、どろどろ、地雷、冷蔵庫、ワキ、壺、なめ子、ヘッヘッヘ、骨、セーラー
「なぜ、広告クリエイティブなのか」(地雷)
ものをつくる仕事なら、他にもある。なぜ、受講生のみんなは、刹那的で、消費されていってしまう広告づくりを選んだのか、そのモチベーションが知りたい。
「広告は、しあわせのカタチが提案できる」(皮)
幼い頃、『モノより思い出』というコピーに出会ったことにより、自分の人生が良い方向に変わった。大学に入ってやりたいことが見つからない中、自分もそのような影響を与えたいと思い、コピー塾に入る。たくさんの友達もでき、広告業界に入りたいという気持ちが大きくなっていった。
小霜
そのコピーは「親」に向けて発信されたものだから、君に影響を与えたのは広告としては的を外したことになる。でも、そういう「副産物」をたくさん生みだすコピーが力のあるコピーかもしれない。
「ロジックと感覚を組み合わせることを学びたい」(偽善者)
広告は右脳的な部分と左脳的な部分を使うことで生み出される。そのスキルを習得した後、広告から離れたポジションで社会に還元したい。
「欲張りな仕事だから」(スペイン)
経済を回すことにかかわれる、その社会の運営を担う広告産業はよくばりである。ただ、広告で世の中をしあわせにできるのか、と言われると悩む。
「広告クリエイティブは人をしあわせにする」(小霜)
経済って、世界中でつながっている。だから、それを回すこと自体世の中に貢献している。たとえば缶コーヒーを一本買うだけでも、南米の貧困層が救われる、という話がある。
大きな視点に立てば、現在の経済の問題は、供給能力に対して需要が追いついていないことだ。そのような状況の中で、需要を喚起する役割を担う広告業界は、世の中に必要とされていると言える。
「人と人をつなげることは世の中をしあわせにする」(米村)
企業が作る商品は、人の気持ちのカタマリ。それを世の中の人へ伝えることは『人と人をつなげる。』ということになる。普段気付いていなかった他人との共通点を提示することは、広告のひとつの意味でもある。
「広告クリエイティブは、人間の本能の部分にはたらきかけるものである」(小霜)
人は、猿の頃から集団行動をすることで種族を維持してきた。その頃の本能が、今もなごりを残している。進化行動学では「氏か育ちか」とよく言われるが、現代人の心は、本能の部分と理性の部分の2つでできている。その2つの行ったり来たりに乗っかる技術が広告クリエイティブ。動物はすべからく、仲間のマネをすることによって、エサにありついたり外的から逃げたりしている。これを模倣行動という。現代人にもそのなごりがある。CMのタレントをターゲットと近い年齢や職業にするのは、模倣行動を促すためだ。 (ex:生茶 綾瀬はるかが出演 → 近い年齢層の若者が、買う)
偽善者
「(1)2008年に流れていたCMの6割が印象に残っていないという記事があったが、なぜTVCMが印象に残らなくなってきているのか。(2)印象に残るCMとは良いCMなのか。(3)良いCMとはどのようなものなのか」(末吉さん)
「インターネットの普及と、HD録画によるCMの見飛ばしが原因」(冷蔵庫)
「CMは、印象に残る方が良い、とは思う。」(ホルモン)
ただ、印象に残る=尖ったCMでなければいけない、ということはないと思う。原田知世さんのブレンディのCMの感想を友人から聞き、尖っていないCMの効果も実感している。データバンクによるデータだけが全てではない。今の時代はCM広告よりもバズ広告やネット広告が優勢だと言われているが、本当にそうなのだろうか、と疑問を感じている。
小霜
たとえば、「サザエさん」CMはずいぶん話題になっているが、ネットで「共想ワード」を調べたところ、「グリコ」が想起される率は約2%に過ぎなかった。ほとんど企業や商品に落ちていないわけだ。それでもあれだけの注目を集めたのだからよし、と考えるかどうか。「ホワイト家族」はサービス啓蒙CMだが、実質はソフトバンクのイメージアップCMになっている。それをよしと考えるか。大事なことは、自分の頭で評価すること。
「世代によって印象度は異なる」(ラブホ)
個人的に、確かに最近はCMがつまらないと感じる。しかしそれは、自分の感性がうすらいでしまったからではないか。なので、昔と比べて面白いものが減ったかどうかということについては分からない。 また、ソフトバンクのCMは、アンケート結果より40代男性に一番うけが良い。
小霜
それはさっき説明した模倣行動と同じ。お父さん犬に感情移入をする世代だということ。
米村
単発単発でおわってしまうコミュニケーションをつなげてしまうことは、たくみだな、と思う。
ラブホ
純増No.1という話を聞くと、やはりきいているのだな、と感じる。
「新聞広告の効果が落ちているというのは、本当なのか。また、商品の売り上げをねつ造する戦略は有効なのか」(ドロドロ)
新聞広告<ネット広告、という話はよく聞くが、実感していない。また、ソフトバンクは、純増No1にするために、一部エリアで、携帯電話を無料で配布して無理矢理No1にしたという噂を聞いたが、そのような戦略は本当に有効なのか。
「新聞自体の人気の無さも原因」(なめ子)
新聞は広告がなくなり薄くなった。カラー広告も減っている。不況の影響を受け、格段に仕事量も減っている。第一に、新聞を取っている人自体がすくない。
「新聞とネットではターゲットが違う」(おかみさん)
新聞を読んでいないと出会えない新聞記事があると思っているので、新聞を取っている。新聞とネットではターゲットが違うのではないか。宝島社の新聞広告がなくなったときの反響を見ると、それなりに有効なのでは、とも思う。
「広告をみるときの状況を考える」(米村)
時間帯、サイズ感など。バナー広告などは目線を追っていかないと読まない。新聞広告の大きさは、存在感がある。メディアによる、消費者の見方の違いを考慮する必要はある。 個人的には、宮沢りえのサンタフェの新聞広告は印象に残っているが、それ以降新聞でそれを越えた驚きは無い。
「押し紙の影響」(小霜)
新聞社が発表しているのは「発行部数」。配達部数ではない。発行部数を増やすため、販売所に配達されない部数を押し付ける「押し紙」が問題になっている。たとえば朝日の発行部数は800万だが、じっさいに配達されているのは600万ほどではないかと言われている。広告主は新聞メディア料の適正価格について疑問を感じ始めている。
「ヴィジュアルの美しさに理由はいるのか。商品との関連性はどのくらい必要なのか」(壺)
商品と全く関係ないけど美しいものもあるし、商品のことを説明はしているけど、美しくないものもある。
「理性を押しのけるほどの良いヴィジュアルなら、理屈はいらない」(高橋)
JINLOのCMは、かっこいいラップ+ださい『飲みニケーション』というヴィジュアルが印象的。
「重要なのはゴールにベクトルが向いているかどうかでは」(中田)
自分は広告にかかわったことはない。しかし、ウェブの仕事をしている自分としては、画を大事にしている。ただ、検証というところで、たとえば売れるというゴールに向かうのであれば、そこの過程における理由は特に重要ではないのではないか。
「人間の脳みそはショートカットしたがるものである」(小霜)
ex:東京モーターショー 人間の脳はラクをしたがる。理屈上は関連性のないものでも、並んでいると勝手に「つながり」を作ってしまう。美女と車が並んでいると、「美しいつながり」ね、と思ってしまうわけだ。美しい、あるいは品質の高い広告ビジュアルは、そういう「つながり」を感じさせるためにある。
「広告というものは、メッセージ・目的ありきである」(米村)
良いヴィジュアルの基準は曖昧である。それよりも、この広告の目的は何かと考えたときに、そこに向いているのだということは大切であり、必要である。そのためのソリューションはひとつではないと思うが、目的がずれているものは論外である。
小霜
広告は、スピード命。絵でパッと見て、パッと理解してもらえるものが大切。人間の脳みそは燃費が悪い。だから、いかに考えずに一瞬で理解できるかということは重要である。そういう技術を持っている人がADなのでは。 現実的な話でいうと、様々な手続きを踏むときに、感覚的に良いでしょ、というだけでなく、言葉で説明できることは必要である。
「良いコピーとはどのようなものか」(骨)
コピー学校で言う「良いコピー」はどんなものか分かったが、それは一般的にも良いコピーといえるのだろうか。
「一般の人が良いコピーだと思うことはほとんどないのではないか」(壺)
普通に生活しているときに、これがコピーだと意識して生活していない人が多いのではないか。自分自身は、普段からヴィジュアルしか意識していない。
「ストレートに言った方が良いのか、レトリックを使った方が良いのか、自分も疑問に感じている。」(皮)
「角」のコピーとして、『飲みたいって、会いたいでしょ。』『飲みたいって、正直じゃないわね。』と考えたが、少しレトリックなものが良いのか、それともストレートに言うべきなのか。
河合塾に行きたくなるキャッチコピーという課題で、1位『やべぇ、俺、とけたよ!』2位『私って、こんなに頑張れたんだ!』だった。自分の中で色々と考えた結果、自分の書いた『間違えに来てください』も良いと思うのだが、いまひとつ1位との明確な差がわからない。
「喜びを伝えることが大事」(小霜)
1位のコピーは、河合塾に行くと、解けなかったものが解けるようになる「喜び」を伝えている。また、『やべぇ』があることで、主人公のバカっぽい感じが伝わり、おバカな人までターゲットにしていることも伝わる。『間違えに来てください』だと、喜びが伝わらない。それに知的なコピー過ぎて、頭の良い人にターゲットをせばめてしまう。
「コピーがどこでどのように使われるのかも重要」(米村)
そのコピーが、通年で使われるものなのか、一回だけのものなのか。コピーの役割を決めてから考えることも重要。
「印象に残っているコピー」
「はやい、やすい、うまい(吉野家)」(ホルモン)
「震災時、たくさんの寄付をありがとうございました(中国総領事館)」
「おいしい生活」は、定番」(スペイン)
「コピー塾の位置づけについて」(スペイン)
下駄のコピーを考えるとき、『着メロ内蔵』というコピーを例として出された。それで実際に下駄が売れるようになるとは到底思えないが、コピー塾では何を求められているのか。
「新しい視野の獲得」(米村)
モノを別の視点から見るということは多分広告の根底にあるものであり、コピー塾はそういうスキルを高める場所なのではないか。
「意外なものを考えるトレーニング」(小霜)
記憶に残りやすいコピーは、意外性を持つもの。下駄の例ではそのトレーニングだと考えればいい。ただし、そのコピーは実践で使えるものではなく、トレーニングなのか実践なのかの区別を学校側がちゃんとしないのが、生徒を混乱させているのだと思う。
ちなみに、ビジュアルとコピーの役割の違いを言うと、ビジュアルは基本的に「嘘」である、という共通認識がある。コピーは「約束」という共通認識がある。ジャワティのCMで壁をぶちこわす映像があるが、「ジャワティを飲めば壁を壊せる」というコピーは成立しない。逆に、昔、レミーマルタンのコピーで「あと百年、これでいく」というのを書いたが、これをビジュアルで表現することは不可能だ。さっき出ていた「モノより思い出」もそうだが、いまのCMコピーはビジュアルの補完、つまりこの映像はこういうことを言いたいのです、というタイプが多い。それがダメ、ということはないが、コピーとビジュアルの力の区別をきちんとしておいた方が、効果的なコミュニケーションを作れる。
では、メシを食いに行こう。
「食事中に話された内容」
究極にいいコピーとは何か、という話で、異論はあるかもしれないが、小霜は「企業を動かすコピー」がいいコピーだと思っている。PSの立ち上がり時の、「全てのゲームはここに集まる」というのは、企業の戦略を決定づけた。「サードパーティを巻き込むことでセガに対抗する」という意識を、全社に与えて成功に導いた。だから、いいコピーだと思っている。企業スローガンとして、シャープの「目のつけどころがシャープでしょ」もいいのでは、という意見が出たが、そうだと思う。そういう視点を持って製品開発をせよという、「基準」を与えているから。
少なくとも企業コピーで、責任を持たない「気分コピー」は、無力だ。ただの「装飾」になってしまう。企業スローガン、CIというものは、非常に誤解されがちで、いまの企業の状態を一言で「説明」するとこうなんです、というものが多い。そういうスローガンは、企業を動かさない。逆に止めてしまう。CIコンサルを名乗る人の多くが、このことをわかっていない。
企業スローガン、CIというものは、旗であり、矢印であり、ベクトルでなければいけない。
現状ではなく、未来の姿を表現することで、全社員に「こっちだ」と示すのが役割なのだということ。
東大に合格する人は4月生まれが多いらしい。3月生まれの人に比べると1年近く長く生きてきたわけで、誕生月は大いなるハンデでもある。その子は他の子と比べて幼い頃から出来がよく、神童だ、と言われたりして、親もその気になったりして、受験にお金をかけたりするが、その大元は、ただ他の子より早く生まれたというだけだったりする。世の中で成功している人は、その人の努力や資質よりも、チャンスやハンデが大きくモノを言っている。ビルゲイツは大学で起業したが、彼が通った高校は、当時には珍しくコンピュータを備えていた。そのハンデで彼は成功した。僕らも含めて、広告学校で講師をするような人たちのほとんどは、電通や博報堂などでクリエイターの第一歩を踏み出せたという大きなハンデを与えられている。だから成功した。そこを無視して、コピーとはこういうものなのだ、ということを教えたって、優秀な師匠としてのCDがいなかったり、理解力のあるクライアントに恵まれない環境で働く人の役には立たないと思う。そのハンデを少しでも縮めるのがこの学校の役割でもあると思っている。そういう意味で、「Solution」「実践力」を身につけてほしい、と言っている。

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